事務所に戻った沙里は、早速先ほど街で耳にした曲をインターネットで検索した。レイカというアーティストが広島出身であること、彼女のプロフィールのあれこれを調べていくうちに、彼女自身が経験した、失恋とまでは言わないけれど友達以上恋人未満な関係をテーマに曲作りをしていることを知り、少し興味がわいた。
「どおりで耳に残る歌なわけだ」
カフェでお茶をしている時もオフィスへの帰り道も、ここ最近彼女の歌声が気になっていた理由をなんとなく理解できた気がした。
一ノ瀬は検索し続ける沙里のところへ、自分のコロ付き椅子を座ったままポーンと蹴飛ばして滑りこむようにぶつかってきた。子供じゃないんだから、何をやってるんだと思いつつ、沙里は苦笑いで応じた。
「早速調べてるんですね、街で流れてる曲。次は当然?」
言われなくてもわかっているわよと、沙里は「tumblrとは?」とキーボードを叩いた。検索結果にあったTOPページからサイトにアクセスしてみると、tumblrはブログのような感じだが、デザインがとても簡素で、閲覧しやすく、世界中のアーティストが写真画像を多数投稿しているのを見るにつけ、直感的に、画像を投稿するには最適なサービスであるとすぐに理解できた。
だとすれば、悟もこのサービスを利用しているんじゃないか? と沙里は悟の名前をローマ字で入力してみた。その調子、と一ノ瀬は好奇の目で沙里の検索の連鎖をニヤニヤと見ている。
するとすぐに見つかった悟のページには、すでに3年分は日々撮影された風景写真が掲載されていた。その何枚かにレイカの姿も写っている。
「私を撮らせてほしい、久々に撮りたくなった。」
沙里は新己斐橋の上で言われたあの言葉をにわかに信じがたく思えてしまった。自分の知らないところで女の子を写真に収めているじゃないか?
よく考えれば付き合いだってまだそんなに長くはない。急速にこちらが惹かれていただけなのだから、知らないことが多いのも当たり前だが。
「このユーザーのフォロワーを見てみましょうか?」
一ノ瀬は把握しているのに、意地悪く沙里に検索させる。沙里はこわごわ検索してみると、やはりレイカの名前が出てきた。twitterも、tumblrもレイカと悟は繋がっていた。なんだ、彼女がいるんじゃないか……と、沙里が半ばあきれ始めていたところへ、一ノ瀬はパソコンのキーボードを強引に奪うように割り込んで何やら検索した。
「半年前の記事です。そりゃ誰もが付き合ってると思うんだけど、彼女はメジャーデビューが決まった時にこう雑誌のインタビューに答えているんですよ。インディーズ時代にお世話になったカメラマンさんだと。実際、今じゃあレア盤になってるインディーズ時代のCDジャケットに、悟さんの写真使われてるんです。その頃からフォローしあってる唯一のお友達だと。」
「じゃあ……付き合って無かった?」
「それはわからないですよ。でも彼女の発言は何もかも、これに絡めて戦略づいてるわけなんで、話題性はありますよね。次にフォローする相手は本命恋人かもしれない、なんてこのインタビューでも最後に締めくくってるくらいなんで、面白がって彼女に興味を持ったファンは凄い増えましたから。」
そういう話はこの業界では少なくないし、悟はいいように使われているだけなのか?と少し沙里はまた深いところまで考えていきそうになったのだが、それよりもレイカのファンは増えて、悟のファンはこれまで増えていないのか? そのことが気になった。
沙里が悟のファン数を検索すると……なんと!twitterでは1万人近くいる。tumblrでも数千人がすでに悟のファンとして悟のアカウントをフォローしていた。これにはさすがの沙里もITに弱いでは済まされないものがあった。
「気にしなくてもいいですよ。twitterが流行ったのはここ数年だし、最近始めたって人も少なくないし。知らなくっても恥ずかしいことじゃないし。」
一ノ瀬の一言一言にイライラとしながら、沙里は明日スマホに切り替えてこようとガラケーを握りしめた。と同時にキッと一ノ瀬を睨むように思いついたことが口から飛び出した。
「この写真、まだここ以外で形になってないの?」
一ノ瀬は沙里の迫力に驚きコロつき椅子をポーンと蹴飛ばして後ろに下がりながら、大きな声で叫んだ
「なんにも展開してませんけど〜」
オフィスの皆が何事か!?と声のする方に注目した。沙里は勢い良く立ち上がると、後退りしていく一ノ瀬に言い放つ。
「ならこれで個展やりましょう!私がプロデュースする!」
「その話、ちょっと聞かしてよ!」
沙里の上司である竹本がコーヒーを片手に沙里に手をふっていた。こうして、沙里の悟との大仕事が始まってしまう事になる。
そう、翌年のクリスマス・イブに開催される。悟の個展である。
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