夜のファミレスに人前で泣き崩れた沙里と、それを見かねた木村沙知絵がいる。
沙知絵からいきなり切り出す。
「誰かに振られたの?」
沙里は涙をぬぐうと俯いたまま「そんなんじゃありません」と顔を振った。
沙里は熱の冷めた目頭に、世間話を切り出してこの場を早く去りたいと喋り出そうとしたのだが、ファミレスの店員が注文を取りに来てタイミングを逃してしまった。沙知絵はテンポよくハンバーグ他、夕食をフルコース注文。沙里は小さな声でコーヒーと呟くのが精一杯だった。
沙知絵「食べた方がいいわ。心が落ち着くし、食欲に女は勝てないでしょう?」
そんな事を言われても、沙里は顔を上げることさえ出来ないのだから、優しいはずのその言葉も態度もこの状況も、受け入れられないのだった。
沙知絵「目の前にいるのは夕飯を食べる相手を探してる女。それだけだから。気にしないで。」
最近のファミレスはどこもセルフサービス。沙里は「ちょっとコーヒー注いでくるついでにお手洗いに」といって席を急いで離れた。
トイレで顔を洗い、笑顔を作る。見知らぬ女性の食事が終わる前に、適当な話で切り抜けて足早に帰ろう。伝票がきたら、それがタイミング。と。
化粧を直しコーヒーを手に席に戻る。すると運ばれたハンバーグをよそに、名刺を手に沙里をじっと見つめる沙知絵の冷めた視線。
沙里はその視線にコーヒーを持つ手も震える。
沙知絵「座って。これ、あなた、今落としたわよね。」
それは中田悟の名刺だった。
周りが気にするほどの音を立てコーヒーをテーブルに置くとサッと名刺を奪い取る。その後の作り笑い。
沙知絵「その人、知り合い?まさか、その人に。」
沙里「違います。本当に違います。仕事の関係で、ご自宅に伺わなければならなくて」
沙知絵「それで泣いてたの?振られたからじゃなくて?」
沙里「違います。振られたとかじゃなくて、仕事の、ミスを、謝罪に行くからです。そしたら迷子になっちゃって。ごめんなさい子どもみたいに泣いちゃって。疲れてるんですかね私。」
沙里は苦笑いしながら、沙知絵の目を初めてじっと見つめた。すると、思いの外、沙知絵の目は優しかった。少しふくよかな体格から溢れる包容力も加味されていた。
沙知絵「じゃあ、家まで連れて行ってあげる。私、知り合いだから。昔の。」
沙里は苦笑いしたまま固まった。
なにこの状況……と。
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